最高裁判所第一小法廷 昭和44年(オ)102号 判決 1969年6月12日
上告人
豊正整毛株式会社
代理人
島本信彦
被上告人
生島昌子
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人島本信彦の上告理由について。
本件土地の賃借人である訴外株式会社大西商店の差し入れた金五〇万円の敷金は、特約のないかぎり、本件土地の賃貸借契約が終了する以前においては、右訴外会社の延滞賃料に充当されるものではないから、右訴外会社が約二ケ半分の賃料を延滞した本件の場合において、これを理由とする本件土地の賃貸借契約解除の前提として右訴外会社に対してする延滞賃料の支払の催告は、右延滞賃料から右敷金を控除せずに、右延滞賃料全額についてすることができるものというべく、従つて、賃貸人が右訴外会社に対してした右延滞賃料金額の催告は、有効である。また、右訴外会社の代理人が延滞賃料の支払の猶予を求めたところ、賃貸人が過去の賃料の延滞を右契約解除の理由としない旨を約した事実がない等原審認定の事実関係のもとにおいては、賃借人が、前記のように敷金五〇万円を差し入れていても、前記催告に応じなかつた本件の場合には、賃貸人がこれを理由としてした右契約解除の意思表示は、信義則に反するものでもないし、また、権利の濫用にわたるものでもない。
原審が適法にした事実認定によれば、上告人は、本件土地の賃貸借契約が解除された後七年余を経過してから本件土地上の建物の使用を始めたというのである。従つて、かりに、上告人の事業および上告人の従業員に所論のような影響を及ぼすとしても、右契約解除の意思表示が、遡つて、信義則に反したり、権利の濫用にわたるに至つたりするに由ないものである。
論旨は、独自の見解に立つて、原判決を論難するものであつて、採るを得ない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文とおり判決する。(入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 岩田誠 大隈健一郎)